お寺の塔

修行をすることの意味と、何事も面白がる大切さ。

先日、異業種交流会のゲストスピーカーに、奈良の薬師寺の住職である村上定運さんがいらして、お話してくださいました。その話術といったら、もう、そこらのピン芸人を超えている感じで、とっても楽しく面白いものでした。

お寺の成り立ちの話や、東大寺や法隆寺との比較の話、歴史的な「へぇ~」の連続な話題の数々。そういった話ももちろん面白かったですし、雑学として身に着けておいて損はない!という感じです。

説法の中で、なるほどとうなったのはこれ。「修行」ということ。「面倒」ということ。「面白い」というコトバの語源的なものを学びました。

修行ということは、「修正して、それでも前に行くこと」という意味がある。例えば、1日に5分間だけでも、振り返って自分を採点してみる。できたこと、できなかったことをちゃんと振り返るのだ。間違ったことをうまく隠すようになるから、大人は成長が止まる。

面倒ということは、例えば授業を受けていて、つまらないな~と思うと、どんどん下を向いていく。眠ってしまっているかもしれない。面が倒れていき、どんどんそのことをやるのが面倒くさくなる。

でも、面(顔)を上げて、前を向いてちゃんと授業を聞いていると、日があたって顔が白くなる。つまり、面白くなってくるのだ。

ちゃんと振り返り(リフレクション)をすることや、まずは面白がって前を向いてやってみることの大切さを分かりやすく教えてくださっていると思います。

貴重な機会をくださった交流会事務局の皆さん、ありがとうございました。

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投稿者:

toyokichi

toyokichi

何かに夢中で楽しんでいるうちに、いろいろな課題を解決してしまってHappyになれるような、そんな仕組みをつくることを夢見ている人です。渋滞と行列がニガテ。ランナーもどきで実はオタクです。